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最高裁判所第三小法廷 昭和27年(オ)683号 判決

上告人 井上ヒロノ

上告人 井上シノ

被上告人 井上助十

主文

原判決を破毀する。

第一審判決中、売買無効確認請求に関する部分を取消し、被上告人の右請求を棄却する。

被上告人のその余の請求に関する控訴は棄却する。

訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人神代宗衛の上告理由第五点について。

被上告人の本訴請求中、確認請求に関する部分は、要するに、被上告人は、上告人井上シノの推定相続人であるところ、同上告人は同人所有の本件不動産について上告人井上ヒロノと通謀して虚偽仮装の売買をなし、所有権移転登記を経由したので、被上告人は自己の相続権に基き、本訴において右売買の無効(売買契約より生じた法律関係の不存在)確認を求めるという趣旨であることが記録上明白である。しかし、確認の訴は、即時確定の利益がある場合、換言すれば、現に、原告の有する権利または法律的地位に危険または不安が存在し、これを除去するため被告に対し確認判決を得ることが必要かつ適切な場合に限り、許されるものであることはいうまでもない。しかるに、推定相続人は、単に、将来相続開始の際、被相続人の権利義務を包括的に承継すべき期待権を有するだけであつて、現在においては、未だ当然には、被相続人の個々の財産に対し権利を有するものではない。それ故単に被相続人たる上告人井上シノの所有に属する本件不動産について、たとえ被上告人主張の如き売買および登記がなされたとしても、法律上は、未だ現に被上告人の権利または法律的地位に危険または不安が生じ、確認判決をもつてこれを除去するに適する場合であるとはいい難く、その他本件において、被上告人が本件不動産の売買に関し即時確定の利益を有するものとは認められない。されば、被上告人の本訴請求中、確認請求の部分は法律上許容できないものであり、これを認容した原判決および右請求について実体上の判決をした第一審判決は、いずれも失当であり破棄を免れない。

同第六点について。

原審は、被上告人が上告人井上シノに代位して同上告人の有する本件登記抹消請求権を行使し得ると判断したのである。しかし、民法四二三条による債権者代位権は、債権者がその債権を保全するため債務者の権利を行使し得る権利であり、それは、ひつきよう債権の一種の効力に外ならないのである。しかるに被上告人は、単に上告人井上シノの推定相続人たる期待権を有するだけであつて、なんら同上告人に対し債権を有するものでないから、被上告人は当然にはなんら代位権を行使し得べきいわれはない。その他被上告人主張の事実関係の下において、被上告人の本件登記抹消の請求を是認すべき根拠は存しないから、原判決が、右請求を認容したのは失当であつて、この部分に関する原判決も破棄を免れない。

よつて、その他の論旨については判断を省略し、かつ本件は当裁判所において自判するに熟するから、民訴四〇八条、九六条、八九条を適用し、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。

裁判官井上登は退官につき合議に関与しない。

(最高裁判所第三小法廷 裁判長裁判官 島保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)

○昭和二七年(オ)第六八三号

上告人 井上ヒロノ

同 井上シノ

被上告人 井上助十

上告代理人弁護士神代宗衛の上告理由

第一点 原判決は本件売買を仮装なりと認定し其証拠として甲第七号証乃至第十号証同第十二、第十三号証、同第十四号証の一、二、三、同第十五号証を援用したのであるが、同号各証は証人並に被上告人本人の供述調書である。然るに其供述調書は何れも世間の風評並に各供述者の単なる意見を録取したものであつて自己が見聞し経験した事実ではない。従つて其信憑力は存在しない。

原判決が斯る証拠を以つて事実の認定をなしたのは採証の法則を無視したものと思料する。

第二点 原判決は成立に争いのない甲第二、三号証によると上告人シノが本件係争農地を除し爾余の所有地全部についても亦これを上告人ヒロノに売渡しとして昭和二十年十二月十五日附で長崎県知事にこれが許可申請書を居村役場に提出した事実があることが認められこれ等諸般の事実の外右事実から知ることのできるように農家の生命ともいうべき全農地までも手離してしもうが如きは余程差迫つた特別の事情のない限り世上殆んどあり得ないところであるのに本件においては斯様な特別の事情の存することにつき何等証拠もないこと等を彼是参酌して考え合せると本件売買は上告人シノが被上告人を追出す目的で上告人ヒロノと通謀して仮装した無効のものであると判定するのが相当であつて右認定を覆すに足る何等の反証も存在しないと説示したのであるが、右判決にいふところの上告人シノが昭和二十年十二月十五日附長崎県知事宛に売買の許可申請をなした農地に付ては一応右許可申請書の提出はなしたが、其後売買契約は中止されたもので上告人シノに於て之を手離した事実はなく、且又其証拠も本件に於ては存在しないのであるが、原判決が上告人シノに於て全農地を手離したとして本件を仮装売買なりと認定したのは存在せざる事実を証拠に基かずして判定した失当がある。

第三点 原審は本件と上告人シノ対被上告人間の福岡高等裁判所昭和二十六年(ネ)第一七一号養子離縁請求控訴事件(目下御庁昭和二十七年(オ)第六九五号離縁請求上告事件として第三小法廷に繋属中)とを同日に前後して審理し而して其判決に当りては上告人シノの原審に於ける供述を其証拠として採用し事実認定の資料に供して居るのであるが、上告人シノが原審に於て本件売買当時既に老齢(現在六十六歳)の女一人では戦時中空襲は激化するし到底自作田畑を耕作したり供出等も困難の事情があり当時島原区裁判所に被上告人とも訟訴も起つたので相当の経費を要した等の事情があつたので已むなく本件売買をなしたものであると供述したことは原審に於ては顕著なる事実である。

斯る顕著なる事実は一般公知の事実を看過して判断したと同様のものであつて、斯る顕著なる事実につき何等の考慮を払はず上告人には差迫つた特別の事情がなかつたと判断したのは失当なるを免れないと思料する。

第四点 売買は当事者の一方か或は財産を相手方に移転するを約し相手方が之に其代金を払ふことを約するに因りて其効力を生ずるのであるから仮りに原判決の云ふが如く上告人シノに於て余程の差迫つた特別の事情がなかつたとしても買主たる上告人ヒロノが現在買受けて其代金の支払をなし所有権移転登記手続を完了した以上完全な売買と云はねばならぬのであるが、原判決は右代金の授受の点につきても如何なる仮装がなされたかについては何等の判断をもなさず、唯慢然之を仮装なりと断定しておるのみならず、原判決は其理由に於て上告人シノと被上告人との紛争事情のみに促はれこれ等の事情から上告人シノが被上告人を追出す目的で仮装売買したと判定したことは頗る明かであるが併しながら少くとも此の売買を仮装無効のものだと認定するについては上告人シノと同ヒロノとの間に通謀の事実がなければならない民法第九十三条は意思表示は表意者が其真意に非ざることを知つて之を為したるため其効力を妨げらるることなし、但し相手方が表意者の真意を知り又は之を知り得へかりしときは其意思表示は無効とすと規定しておるのであるから上告人ヒロノに於て上告人シノに右の目的があることを知つて居り又は之を知り得たという事実と其証拠が存在しなければならぬ。従つて原判決が何等の証拠に基かずして慢然通謀の事実を認定したのは失当たるを免れない。

第五点 原判決は被上告人は上告人シノの推定相続人であるから上告人シノの死亡により其権利義務を包括承継すべき期待権を存しておりしかもこの権利は上告人等の本件売買並に之を原因とする所有権取得登記により現に侵害されつつあるものといふべきであるから被上告人は本件不動産の無効確認を求める利益を存すると同時に自己の上告人シノに対し有する右期待権侵害排除請求権に基き同上告人に代位して同上告人が上告人ヒロノに対し有する本件不動産所有権取得登記の抹消登記手続請求権を行使することができるものと云はねばならないと判断した。

然し乍ら推定相続人の被相続人に対する相続開始前の関係は将来相続が開始したならば相続財産を支配することができるといふ希望的地位であり、このような希望的地位を占めるものが推定相続人である、この推定相続人の地位は確定的なものでもなければ支配的なものでもない。即ち推定相続人が相続人になるためには被相続人よりも生き永らえなければならないし欠格ないし廃除によつて相続人の資格も喪失してはならないのである。

第一順位にある配偶者と直系卑属はこのような地位にあるのであるが、第二順位以下の相続の場合はさらに先順位の相続人が出現しないという要件が加はる直系尊属や兄弟姉妹の希望的地位は往々にして出生、認知、失踪宣告の取消し、廃除の取消などによる先順位相続人の出現によつて覆へされてしまうのである。その希望の強弱の差はあれ何れも一片の望みまたは期待ということ以上に出づるものではない。

従つて斯る期待は之を現実の権利と同一視すべきものではないと思う。(東北大学民法研究会註解相続法中川善之助監修一四一五御参照を乞ふ)

仮りに之を権利なりと解釈することが相当だとするも推定相続人は本件の如き場合即時に売買の無効確認を求むる利益が存在するとは認め難い、従つて原判決が現に期待権が侵害されつつありとして被上告人の請求を認定したのは失当だと思料する。

第六点 原判決は自己(被上告人)の上告人シノに対して有する右期待権侵害排除請求権に基き同上告人に代位して同上告人ヒロノに対して有する本件不動産所有権取得登記の抹消手続請求権を行使することができるものといわねばならない」と判断したのであるが、民法所定の代位権は債権者が債務者に代り債務者の権利を行使することである。

然るに推定相続人の被相続人に対する権利は仮りに原判決の云ふが如き期待権といふことができるにしても夫れは相続人と被相続人との身分的関係から将来生ずることあるべき権利である。即ち相続開始後被相続人の遺産及其債務を包括的に承継することができる相続法上の身分的権利であつて一般債権とは其性質を異にする、従つて原判決が被上告人に対し債権者代位の規定を適用して本件の所有権取得登記の抹消登記手続請求権を認容したのは法律を不当に適用したものと思料する。

以上

○昭和二七年(オ)第六八三号

上告人 井上ヒロノ

同 井上シノ

被上告人 井上助十

上告代理人弁護士谷川八郎の上告理由

第一点 原判決は憲法に違反した違法がある。即ち憲法第三十二条に、何人も裁判所において裁判を受ける権利を奪はれることがない旨規定しあるに拘らず、

(一) 原判決は右法条に違反し、原審において上告人等が成立に争のない書証を援用提出したに拘らず、之が判断を遺脱し、裁判をしなかつた違法がある。原審において上告人等の訴訟代理人が甲第二号証及第三号証の成立を認め同証を以て、本件売買が真正に行はれたものであることを立証すべく之を利益に援用しておることが明らかであり、原判決もその旨事実摘示しておるに拘らず、判決理由中に、上告人等が利益に援用した甲第二号証及甲第三号証に付、上告人等の主張に関して何等の判断をしておらない上に、漫然本件売買は上告人等が通謀して仮装した無効のものであると認定し、他に何等の反証も存在しないと軽々に論断しておるけれども、右甲第二号証は上告人等の本件売買が真正に成立したことを証すべき唯一の反証なのである。即ち上告人等は本件売買について、農地等管理令の規定に従つて県知事に対し、甲第二号証の許可申請をしたもので、該許可申請書に依れば、本件係争の不動産に付、売主たる上告人井上シノ及買主たる上告人井上ヒロノ連名の申請書であつて、尠くとも本申請当時、上告人等間に本件不動産の売買予約があつたことを立証され得るものである。而して、右甲第二号証はその成立に付当事者間に争なく、真正に成立したものと認め得るものであるから、本件不動産の右売買予約も真正に成立したものと認めざるを得ない。右のような甲第二号証を排斥するについては、原判決は相当の理由を附せねばならない。然るに原判決がこの点について何等の判断を示しておらないのは、同号証を遺脱し、この点に関する裁判を為さなかつた違法があつて破毀を免れないと思料する。

(二) 原判決は事実の判断を遺脱して裁判をしなかつた違法がある。原判決の引用した第一審判決の事実摘示によれば、被上告人は、本件不動産の売買に付、県知事の許可があつたが、該許可も亦、被告等の欺罔行為による錯誤に基き発せられた当然無効のものなりと主張し、上告人等は、右許可のあつたことを認め、他は之を争つておろに拘らず、原判決はこの点について何等の判断を示しておらない。原判決が無効なりと論断した本件売買が、原判決添付第一物件目録記載の不動産については昭和二十年十二月三日、同第二、第三物件目録記載の不動産については同月四日行われたこと及県知事の許可が同年十一月末にあつたことは当事者弁論の全趣旨に徴し明らかなるところ、県知事の許可が有効であれば、その前提たる売買当事者連名の許可申請(甲第二号証参照)も有効に為されたものと看做さるべく、右許可の後に為された本件売買も亦有効であることは、論理の帰結するところ当然であるに拘らず、原判決は直ちに本件売買が虚偽仮装の無効なものと断じ、該売買の前提又は基礎たる重要な争ある事実を看過し、該事実について何等の判断を示さなかつたのは、事実の判断を遺脱した違法があつて、破毀を免れないと思料する。

第三点 原判決は理由不備乃至は採証の方法を誤つた違法がある。原判決は、農家の生命というべき全農地は勿論、自己の起居する家屋敷までも手離してしまうが如きことは余程差迫つた特別の事情のない限り世上殆んどあり得ないことであるのに、本件においては、斯様な特別の事情の存することにつき何等の証拠もないとして、本件売買の無効を判定しておるけれども、農家がその全農地や自己の起居する家屋敷を売却することは、差迫つた特別の事情がなくとも、世上あり得ることであつて例へば、都会地に事業を営む子息方に同居する為、郷里の財産を処分し、或は財産を換価して都会地に転居する等、差迫つた事情がなくとも普通行われる場合があるのである。

然るに原判決は、農家がその全農地や自己の起居する家屋敷を売却することは、差迫つた特別の事情のない限り、世上殆んどあり得ないと認定しておるのは、経験則に反した認定と謂はねばならない。且彼様な事業を認定するについては原告において立証すべきに拘らず何等の立証もなし、結局原判決は証拠に基かずして事実を認定し、却つてかかる特別事情の存在につき、上告人等より何等の立証なしとしておるのは、立証責任を転換した違法ありと思料する次第である。仮にかかる事実は顕著な事実であるから、証拠を要しないとの見解にたつての判示なりとせば、凡そ裁判所が顕著な事実を認定するに当り、たとへ顕著な事実でも、弁論主義のもとでは、当事者の主張がなければ、判決の資料とすることができないと解すべきところ、原判決引用の第一審判決の事実摘示にみるも、被上告人がかかる事実を主張した形跡がない。

然るに原判決が右事実を顕著な事実として、之を判定の資料としておるのは違法と謂はねばならない。仮に百歩を譲り右事実が適法に主張された顕著な事実であり、経験則に反しないとしても、原判決はその理由中において『養親たる上告人井上シノ及養子たる井上助十間の折合は益々悪化し、口論の絶へ間なく、平素は殆んど互に言葉も交さず炊飯も別々にし、久しくかような状態が続いた。その間上告人は家庭が面白くないため親戚知己等を転々寄食することが屡々であつた』と認定しこのように同一家屋に同居中の養子が、久しく言葉も交さず炊飯も別々にしておるような場合は、よくよくのことであり、差迫つた特別の事情と謂わねばならない。然るに原判決がかかる特別の事情を認定し乍ら、所謂差迫つた特別の事情なしとして、之を判決の資料とし、之を綜合して、上告人等間の本件売買が仮装で無効のものなりと論断したのは、理由に齟齬あるものと謂わねばならない。叙上の理由によつて原判決は破毀を免れないと信ずる。

第四点 原判決は証拠に基かずして事実を認定した違法乃至は理由齟齬の違法がある。凡そ虚偽の意思表示なるものは相手方と通謀して、その真意でない意思を表示するものであつて、相手方も亦非真意の意思表示を為した場合でなければならないと解すべきところ、原判決認定の全事実に徴するも、之を以て上告人等が通謀して本件売買を仮装したものと認定するの資料とは為し得ないと信ずる。上告人等が通謀したことを立証すべき何等の証拠もないのであつて、仮に右原判決認定の事実よりして上告人井上シノが被上告人井上助十に本件不動産を相続せしめるを欲せずして、本件不動産を上告人井上ヒロノに対し売却したとしても、上告人井上ヒロノにおいて買受の意思なきに拘らず、本件不動産買受の意思表示を為したものと認むべき何等の証左もないのである。此の点においても原判決は破毀を免れない。

第五点 原判決は事実の認定に齟齬ある違法がある。凡そ虚偽行為は当事者がその効力を生ぜしむる意思なくして為すものなるところ、原判決認定の事実に徴すれば、本件不動産は既に引渡を了し、土地については上告人井上ヒロノにおいて既に耕作しおりてその収益を取得しおり、家屋についても上告人井上ヒロノが既に使用しおるのであつて、本件売買の効力は実現しおるものと謂はねばならない。然るに原判決が殊更右事実を黙過し、加之、右認定事実に、原判決認定の「養親子間の折合は益々悪化し、口論の絶え間なく平素は殆んど互に言葉も交さず、炊飯も別々にし、久しくかような状態が続き、親戚知己等を転々寄食するの己むなきに至つた事実よりして上告人井上シノが已むを得ず本件不動産を売却するに至つたことを推認し得られる点並に当事者間に成立の争のない甲第二号証の記載を綜合すると、却つて本件売買は真正に成立した真実のものであることが認められるに拘らず、原判決が茲に出でずして、軽々に本件売買が虚偽仮装のものであると判定したことは、事実の認定に齟齬ありと信ずるものである。」

尚原判決は被上告人井上助十が上告人井上シノの養子であることは冐頭認定の通りであるから、被上告人は同上告人の推定相続人として、将来同上告人の死亡により、その権利義務を包括承継すべき期待権を有しており、しかもこの権利は上告人等の本件仮装売買並びにこれを原因とする所有権取得登記により、現に侵害されつつあるものというべきであるから、被上告人は本件不動産売買の無効確認を求める利益を有する旨論断しておるけれども、上告人井上シノの遺産相続人が果して被上告人井上助十のみなりや否やを認定せずして、直に上告人井上シノの死亡により、被上告人井上助十が上告人井上シノの権利義務を包括承継すべき期待権を有しておる旨論断したのは、事実の認定に齟齬がある。

即ち、上告人井上シノに若し、数人の遺産相続人がありとせば、被上告人井上助十の相続分は数分の一に過ぎないのであつて、然りとせば、果して被上告人井上助十の遺産相続の期待権が本件不動産全部に及ぶや否や本件不動産全部に対する期待権が侵害さるるや否や結論を異にするからである。以上何れの点よりするも原判決は破毀を免れないと信ずる次第である。

以上

第一審判決の主文及び事実

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、昭和二十年十二月三日別紙第一物件目録記載の不動産につき、同月四日同第二、第三物件目録記載の不動産につき、被告等間にされた売買の無効なことを確認する。

被告ヒロノは、被告シノに対し、島原区裁判所小浜出張所昭和二十年十二月三日受付第七四九号を以て、第一物件目録記載の不動産につき、同出張所同月四日受付第七五七号を以て、第二物件目録記載の不動産につき及び同日受付第七五九号を以て、第三物件目録記載の不動産につき、された売買に因る所有権取得登記の抹消登記手続をしなければならない。

訴訟費用は、被告等の負担とするとの判決を求めると申し立ててその請求原因として、原告は、被告シノの懇望により、訴外富永亀太郎、井上文吉、井上代吉等の世話で、昭和六年七、八月頃被告シノの事実上の養子になり、同七年四月四日正式に入籍し、爾来同被告と同居して今日までこれを助けて、井上家の家業たる農業に従事しているものであるが、最近に至り、同被告は、原告を同家から放遂しようと種々画策し、被告ヒロノと結托して、井上家の財産の二分の一以上に当る別紙目録記載の不動産十四筆時価金五万円位のものを、昭和二十年十二月三、四日の両日に亘り、わずかに金六千二百十円で被告ヒロノに売り渡したかのように仮装し、農地に付いては長崎県知事の許可を得た上、原告には一言の相談もせず、原告不知の間に同被告に対し、島原区裁判所小浜出張所昭和二十年十二月三日受付第七四九号を以て、第一物件目録記載の不動産につき及び同日受付第七五九号を以て、第三物件目録記載の不動産につき、夫々売買による所有権移転登記手続をした。そうして、被告ヒロノは、右買受の事実を主張して、現に原告等の居住する家屋に、夫及び子供等を引き連れて移つて来、原告に対し、立退の居催促をしているのであるが、被告等間における右売買が虚偽仮装のものであること前述のとおりであり、県知事の許可も亦被告等の欺罔行為による錯誤に基き発せられた当然無効のものであるから、被告等に対し、本件売買の無効確認及び所有権移転登記の抹消登記手続を求めるため、本訴に及んだ旨陳述した。(立証省略)

被告等訴訟代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、原告及び被告シノ間の身分関係が原告主張どおりであること及び本件不動産につき、昭和二十年十一月末頃長崎県知事の許可を得た上、原告主張の各日時主張のような売買による所有権移転登記手続のされたことはいずれも認めるが、被告等間の右売買は、訴外富永菊次郎外一名の斡旋により、昭和二十年七月初旬頃行われた真実の契約でありその余の原告主張事実は、全部これを否認する旨陳述した。(立証省略)

第二審判決の主文、事実及び理由

主文

原判決を取消す。

被控訴人両名間に昭和二十年十二月三日別紙第一物件目録記載の不動産につき、同月四日同第二、第三目録記載の不動産につきなされた各売買は無効であることを確認する。

被控訴人ヒロノは被控訴人シノに対し右第一目録記載の不動産につき島原区裁判所小浜出張所昭和二十年十二月三日受付第七四九号を以て、同第二目録記載の不動産につき同出張所同月四日受付第七五七号を以て、同第三目録記載の不動産につき同出張所同日受付第七五九号を以てなされた売買に因る所有権取得登記の各抹消登記手続をしなければならない。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠の提出、援用認否は、控訴代理人において甲第十四号証第十五号証の一、二、三を提出し、被控訴代理人において控訴人は本件物件の所有者でないから本訴を提起する権利がないと述べ、甲第十四号証の一、二、三同第十五号証の各成立を認めた外いずれも原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

理由

被控訴人シノが被控訴人を養子となし両者間に昭和七年四月四日養子縁組が成立した事実及び別紙一乃至第三物件目録記載の不動産につき長崎県知事の許可を経た上控訴人主張の各日時その主張のような売買に因る所有権取得登記手続がなされた事実は、いずれも当事者間に争がない。

よつて本件売買が控訴人主張のように虚偽仮装のものであるかどうかについて検討するに、成立に争のない甲第七号証乃至同第十号証、同第十二、十三号証、同第十四号証の一、二、三、同第十五号を綜合すると控訴人の妻マツエはかねてから被控訴人シノと折合が悪く、そのため家出して実家に帰つたことも一再に止らなかつたが、昭和十九年の初頃夫たる控訴人から農事についてたしなめられたのを不快に思つて実家に帰つた。そこで控訴人は同被控訴人に諮つた結果マツエから今後再び実家に帰らないという証文を差入れさせることを条件として同被控訴人の諒解を得た上、同年十一月頃マツエを実家から連れ戻した。ところがマツエは右証文を差入れることを肯んぜず、控訴人も亦強いてマツエにこれを差入れさせなかつたので、同被控訴人の憤懣を買いその頃から同被控訴人との折合も悪くなつた。そのため同被控訴人はマツエが復帰して間もなく控訴人の実兄山崎兼十の妻ツギヨに対し、右の憤懣を漏らし、且つ「平素控訴人が養家の財産を自由にしているからそのことを実家の父に伝え炊飯も別々にし、久しくかような状態が続いた。その間同被控訴人は家庭が面白くないため親戚知己等を転々寄食することが屡々であつたが、ついに自己所有財産の約二分の一に相当する本件不動産全部を被控訴人ヒロノに売却したとして、前認定のようにこれが所有権移転登記をなした上、その田畑を被控訴人ヒロノに耕作させ、昭和二十一年三月頃家財道具を殆んど残さず持出して亡夫の兄訴外井上大吉方に転居した上、控訴人が現に居住しているのに拘らず本件家屋に被控訴人ヒロノ一家を入居せしめた事実を認め得るのみでなく、成立に争のない甲第二、三号証によると、被控訴人シノが本件係争農地を除く爾余の所有農地全部についても亦、これを被控訴人ヒロノに売渡したとして、昭和二十年十二月十五日附で、長崎県知事宛にこれが許可申請書を居村役場に提出した事実のあることが認められ、これ等諸般の事実の外、右事実から知ることのできるように、農家の生命ともいうべき全農地は勿論、自己の起居の家屋敷までも手離してしもうが如きことは、余程差し迫つた特別の事情のない限り、世上殆んどあり得ないところであるのに本件においては斯様な特別の事情の存することにつき何等の証拠もないこと等を彼是参酌して考え合わせると、本件売買は被控訴人シノが控訴人を追出す目的で、被控訴人ヒロノと通謀して仮装した無効のものであると判定するのが相当であつて、右認定を覆すに足る何等の反証も存在しない。そうして控訴人が被控訴人シノの養子であることは冒頭認定の通りであるから、控訴人は同被控訴人の推定相続人として将来同被控訴人の死亡によりその権利義務を包括承継すべき期待権を有しており、しかも権利は被控訴人等の本件仮装売買並びにこれを原因とする所有権取得登記により現に侵害されつつあるものというべきであるから、控訴人は本件不動産売買の無効確認を求める利益を有すると同時に、自己の被控訴人シノに対して有する右期待権侵害排除請求権に基き、同被控訴人に代位して、同被控訴人が被控訴人ヒロノに対して有する本件不動産所有権取得登記の抹消登記手続請求権を行使することができるものといわなければならない。

よつて被控訴人等に対し本件売買の無効確認を求めると同時に、被控訴人ヒロノに対し本件所有権取得登記の抹消登記手続を求める本訴請求は全部正当としてこれを認容すべく、右と趣旨を異にする原判決は失当であつて控訴は理由があるから、民事訴訟法第三百八十六条第九十六条第八十九条第九十三条を適用し主文の通り判決する。

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